印章指輪

指輪

指輪は印章とともに、古代エジプトではファラオの王位委譲のシンボルとされていたが、このなかで有名なものは、紀元前1000年以上前から認められる、スカラベ型印章指輪である。とくにスカラベは、動物の糞をまるい玉にして運ぶ姿が太陽神になぞらえられたので、古代エジプトで好まれ、糞のなかに卵を生むという昆虫の習性と合わせて、再生と生命力のシンボルとされた。だから死者を埋葬するとき、これはミイラの心臓部に置かれたのであるが、ツタンカーメンの墓からも、王の心臓部にスカラベの胸飾りが飾られていた。さらにこの若き王の薬指に青いガラス製の指輪が、中指には金の指輪がはめられていたという。印章指輪は「ヌピアの副王」にも副葬品とされているので、このようにスカラベや指輪には、権力者が死後の世界においても再生し、権威をもつものとして君臨できるように、という願いが込められていたと考えられる。

エジプトの印章指輪の伝統は、古代ギリシアに受け継がれ、とくにクレタ島で栄えたミノス文明を継承したミユケナイ文明の時代に、印章指輪が多用された。印章のモティーフは祭杷的シーンが多く、この時代において有名なものは、あのドイツの考古学者シュリーマンがアクロポリス跡から発掘したという女神を彫り込んだ印章指輪である。しかしミユケナイ文明の衰退とともに、およそ紀元前1000~700年ごろ、印章指輪が一時姿を消している。それはエジプトとの交易が途絶えがちになり、ここから印章石を入手するのが困難であったためであろうと推測されている。

ころが紀元前500~700年ごろになると、再び印章指輪が興隆する。たとえば、ギリシアの七賢人のひとりであるソロンは、紀元前五九四年に彫師が「売った印章の型を手元に置くこと」を禁じ、印章指輪を不正に複製しないように法令を出している。これからも当時、印章指輪を用いる習慣が広まり、不正な行為もおこなわれていたことが分かる。印章指輪は王侯貴族のみならず、当時、貿易の主導権を握った人びとも、商取引の契約の際に使用していた。

 

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