鍵つき指輪

ひとたびヨーロッパに足を踏み入れてみれば、鍵が日常生活に不可欠なものであることがよく分かる。人びとは幾種類もの鍵を束ねて持ち歩き、個室や戸棚、引き出しなど、開閉部はほとんど施錠されるようになっている。陸続きであったヨーロッパでは、異民族の侵入による戦争、略奪、紛争を長年経験してきたので防衛意識が発達し、独特の鍵文化社会が形成されたといえよう。鍵はすでに紀元前から、古代ギリシアやローマ時代に、外敵から身を守り、また財産を保持するために使用されてきみこた。しかし、その本来の用途のみならず、これは、もともとは亙女や女神など女性の持ち物でもあった。それゆえに、鍵は古くから主婦権のシンボルとなっている。さらに鍵は『聖書』にあるように、キリストの権威のシンボルであって、キリストはこれを直接ベテロに委譲したといわれ、ローマ教皇は鍵を代々継承してきた。

鍵はキリスト教以前から重要視されており、さらに先述したように指輪も権威のシンボルであったので、鍵と指輪を合体させたのは、印章指輪の場合と同様に、実用的な意味だけではなく、もっと深い象徴的な意味があったように思われる。というのは、古代ローマ時代では婚約が成立すると、男性は鍵つき指輪を女性に贈るという習慣があったからだ。鍵つき指輪は紀元前二世紀ごろに出現し、とくに紀元一世紀から三世紀ごろにかけて流行しているが、すでにこの時代に、鍵が主婦権のシンボルとみなされていたことは確実である。したがってローマ人は、鍵の習俗と切れ目のない指輪の円環のシンボルを合体させて、男女を結びつける鍵っき指輪を生みだし、これを将来の妻に対する契約の成立を保証するしるしとしたのではなかろうか。

さらに鍵と指輪の合体は、古代ローマ人の生活習慣とも関係していたと考えられる。すなわち、かれらはトーガという長方形の布をまとっていたが、それにはポケットがついていなかったので、これが鍵つき指輪の生まれる理由のひとつであったといわれている。またローマ人が風呂好きであったことはよく知られており、入浴中でも貴重品を肌身離さないようにするために鍵つき指輪を必要としたという説もある。いずれにせよ、古代ローマで鍵つき指輪が普及した背景として、ローマがカルタゴとの三度にわたるポエニ戦争の勝利によって、地中海全域の冶金、加工技術を手中に収め、高度の金属加工技術の蓄積があったことが挙げられよう。

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